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市民のための環境公開講座2019

2019年度市民のための環境公開講座パート2参加者募集中です。

PART1 人も生き物も豊かになる水の惑星

7 24 レポート

生物多様性と私たちの生活

五箇 公一 氏

五箇 公一 国立環境研究所 生態リスク対策室 室長

生物多様性にとって、人間は不要、もしくは有害な存在に過ぎませんが、人間にとって生物多様性はなくてはならないものなのです。自然共生社会とは何か、生き物が好きな人も、好きでない人も、考えてもらえるような講演にしたいと思います。

講座概要

なぜ、生物多様性は重要なのか?そして、国民として、企業として、生物多様性にどう向き合い、どんなアクションをとればいいのか?これらの課題は政府の生物多様性国家戦略として位置づけられており、国立環境研究所ではこの国家戦略に貢献するために研究プロジェクトを展開しています。

本講演では、生物多様性の現状とリスクについて研究成果をもとに解説し、生物多様性と私たちの生活の未来について語りたいと思います。


講座ダイジェスト

生物多様性はなぜ大事なのか

生物多様性とは、非常に複雑な階層性を持った概念です。この概念は、1980年代にアメリカの生物科学者達によって提唱され、1992年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議で『生物多様性に関する条約』が結ばれたことを機に、世界中へと普及しました。日本では、2010年に愛知県名古屋市で『第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)』が開催され大々的に宣伝が行われたため、皆さんの耳にも入るようになったと考えられます。しかし、言葉こそ普及したもののその意味や意義については、未だに理解が追いついていない状態です。

皆さんの知っている多様性とは、目で見て分かる違いやこの地球上に様々な生き物がいることを表す“種の多様性”だと思います。しかし、生物多様性とはその種の中にある“遺伝子の多様性”から生み出されており、“種の多様性”は森や川といった“生態系の多様性”を生み、独自の生態系が進化することで“景観の多様性”を生み出しています。つまり、生物多様性とは遺伝子から景観に至るまでの生き物が織りなす多様な世界のことを指し、一言で表すのは難しい、非常に抽象的な概念であることがわかります。

では、なぜ生物多様性が大事なのか。それは、我々人間が安心安全で豊かな人間社会をこれからも維持発展させるために、生物多様性が必要だからです。地球上には様々な生態系が存在することで美しい水や空気、食べ物が生み出され、生き物が安定して生きられる生物圏が維持されています。人間の生活資源は、全て生態系の機能から供給されており、その生態系を支えているのは遺伝子や種の多様性です。つまり、人間は生物多様性なくしては生きていけず、さらに、人間は文化や社会にも多様性を発展させてきたため、異質性や違いを見て楽しいといった人間社会の豊かさをも育んでいると言えます。我々は、生物多様性を守る行為が自分たちのためであることを自覚すると共に、今の生物多様性が異なる地域性から生まれていることを理解しなければなりません。

人の手によって失われる多様性

現在は、そんな生物多様性が徐々に劣化し続けていることが問題です。2019年、生物多様性に対する現状の評価と分析を行うIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)から発表されたレポートには、世界の陸地面積の約75%がすでに人間によって改変されており、約100万種の生物が絶滅寸前に陥っているとの報告がありました。その絶滅速度は、過去1000万年の生物史上と比べて10〜100倍高いと言われ、現代は生物史上最悪の絶滅の時代を迎えているとされています。原因は、森林破壊やダム・道路を作ることによる生息地の分断化、外来種の持ち込み、有害化学物質による環境汚染、大量の炭素を燃やすことによる気候変動といった人間の活動にあり、環境の変化に生物の進化が追いつけないことが大きな要因と言えます。ここで皆さんに知っていたただきたいのは、日常生活や日常用品がどれだけ環境負荷を与えているかということ。企業や農薬の話をする前に、まずは自分たちの足元を見て、我々の豊かな生活が地球全体にどれだけ大きな影響を与えているのかを改めて考える必要があります。

環境汚染の他にもうひとつ、生物多様性を劣化させている大きな要因として外来種があります。外来種の定義は、「人間活動によって移動させられた生き物」です。ブラックバスやウシガエルなど明治大正時代には食用として多くの生物が輸入され、当時は外来種をいれてでも強い国を作ることがひとつの国策でしたが、現代では外来種の増殖が日本で育まれた独自の生態系を脅かす大きな問題となっています。

最近都会でも目撃が報告されているアライグマは、北米からペットとして大量に輸入された外来種です。見た目に反し凶暴なアライグマを大勢の人が逃したことにより、日本全国に分布を広げてしまいました。これまでは、農村部に住むアライグマが在来種の住処や餌を奪う被害が問題とされていましたが、現在は都市化したアライグマが人獣共通感染症と言われる人間にも感染し得る病原体を媒介するかもしれないという新たなリスクを抱えています。本来、病原体が寄生する生物にも住処があり、そこで大人しく活動していたものが人間の手によって動かされることで、感染症のリスクを生んでいることを貿易大国である日本はより深刻に考えなくてはなりません。

目に見えない生物多様性の存在

最後に私はダニ専門の学者なので、ダニの話をさせていただきます。クワガタを飼ったこのとある人なら一度は耳にしたことのあるクワガタナカセというクワガタにしか寄生しないこのダニは、クワガタと共生しながらクワガタの進化と共に一緒に進化してきた歴史があります。クワガタナカセはクワガタの系統ごとに変化し、それぞれ決まったクワガタの系統にしか寄生しません。これをホストとパラサイトの共進化と呼び、寄生生物や病原体にも多様性の進化があることがわかります。

我々はカビや病原体を排除すべきものとして扱っていますが、彼らは野生生物の数を調整したり、より病気に強い抵抗性系統に進化させるための天敵として重要な役割を担っています。しかし我々人間は野生生物の世界を破壊し、弱い個体は滅び、強い個体が生き残るという進化のルールを破り続けているため、あらゆる感染症を引き起こす事態を自ら生じさせています。HIVやインフルエンザ、デング熱もそのひとつですが、現在では国内で生まれたマダニによる新たなウイルスが大変大きな問題になっています。

マダニもウイルスも本来野生生物の一員でしたが、野生生物と人間社会の境界線が壊れている今、ウイルスも人間社会に居場所を見つけようとしているのです。グローバル化と都市化が進む現代では、このような感染症のリスクがますます身近になっていきます。多くの人や物が集まる、来年の東京オリンピックにも十分な対策と注意が必要です。我々は、病原体が悪いものと思って排除していますが、非があるのは人間の方です。生物多様性は人間がいなければ保たれますが、生物多様性なくして我々人間は生きていけません。また、目に見える美しい生き物だけが生物多様性だと考えるのではなく、病原体やダニも生物多様性の一員であるということを忘れないでください。

構成・文:伊藤彩乃(株式会社Fukairi)/写真:廣瀬真也(spread)