市民のための環境公開講座2017

お知らせ9/12(火)開催 田原 象二氏の講演レポートを掲載しました。

PART1 海から見た環境問題

レポート

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駿河湾の深海生物を世界のアイドルに!

石垣 幸二 氏

日本一深い駿河湾には多くの深海生物が暮らしています。深海生物は小さな環境の変化にも適応していくことができません。彼らを守るためには、深海に通じる浅い海、川、山などの私たちの身近な環境を守ることが大切です。私はたくさんの人に深海生物を好きになってもらって、彼らの生活を応援してもらいたいと思っています。環境保全に加えて、沿岸域の地域活性についても尽力を尽くします。

深海の魅力の発信者

石垣 幸二 沼津港深海水族館 館長


講座ダイジェスト

宝の海・駿河湾

私は、25年間、海の生き物一筋でやってきました。本職は、海の生き物を捕獲・輸送して、世界200の水族館・博物館・研究機関に納入する「業者」です。それら生物の展示や繁殖なども仕事の一部です。そんな私が、沼津で深海魚に関する仕事を始めたきっかけは、2000年にベルギーの博物館から深海魚の注文を受けたことでした。「生きてなくてもいい。標本としてで構わないので・・」という注文だったため、最初は楽な仕事だと思ったのですが、実際には、深海魚を獲ってくれる漁船も少なく、見つかってチャーター料を支払っても軽視するような態度を取られたり、その上、コストパフォーマンスも悪い仕事だったため、これを再びやろうとは考えませんでした。しかし、ベルギーから情報が回ったのか、その後、欧米各国から次々と同様の注文が入るようになったのです。

そもそも、地元・駿河湾の漁師さん達は、市場に出すために深海生物を獲っています。つまり、タカアシガニやユメカサゴ、テナガエビなどがその対象で、それ以外を「ゴミ」と呼んでいました。一方、海外諸国にとって、それらは「宝」でした。一体この違いは何だろう・・・という疑問が私の中に芽生え始めました。

これらの国々では、そもそも深海魚を獲るための漁船がありません。また、遠浅の海が多く、漁場が遠いため、深海生物を獲るスポットには船で半日かかるということが珍しくありません。それが、駿河湾では僅か1時間で行けてしまうのです。さらに、地域によっては海賊が邪魔することもありますし、漁場に行くために島の酋長の許可が必要な所もあります。このような世界の実情を知ると、水深2500mの日本一深い湾・駿河湾が、いかに価値ある海かお分かり頂けるのではないでしょうか。

深海生物アイドル化方法論

長年、魚一筋でやってきた私には、仕事を通じて何か地元に貢献したいという想いがありました。そこで、私が館長となり、2011年にオープンしたのが「沼津港深海水族館」です。

実は、その半年前には京都水族館、半年後には東京スカイツリータウンのすみだ水族館がオープンすることになっており、大都市にオープンする2つの水族館に挟まれた中で、いかに注目度を上げられるかが当初からの課題でした。そこで、駿河湾という地元の財産を活かし、「沼津に新たに作る水族館は、深海水族館に」と先に決めて名付けてしまったことが、この水族館の方向性を決めることになりました。そうなると次の課題は、展示する深海生物を「いかに人気者にするか?」です。

私が子供の頃から、深海生物は図鑑で見ることができました。しかし、そこに掲載されているのは、「イラスト」だったり、カラカラの死骸を撮影した「写真」ばかりでした。ビジュアルがこの状態では、とても人気者にはなれません。では、生きた状態で展示できれば、それでいいのかというと、そう簡単な話でもありません。まず、深海生物は、あまり動きません。元々エネルギーを使わない生き方をしているため、一歩歩くのに3日かかるとか、ひっくり返ったまま一週間・・ということが普通だったりします。その他にも、彼らが生きられる環境にするということは、水槽は暗く、背景は地味になる、駿河湾は5月中旬〜9月中旬は禁漁になる、そもそも深海生物は名前が知られていない・・など、アイドルになるためには色々なハードルがありました。

それらを越えるために私が取組んだのは、深海生物が持つ価値を否定するということでした。何事でも、好き過ぎると周りの人から引かれるものです。愛情を一旦リセットする必要がありました。

彼らに価値がないという視点を持つと、やらなければならないことが次々と見えてきます。まず、他の業種同様、オシャレな館内、ダサくない制服など、いかに女性に好かれるかの演出を徹底しました。また、浅い海の生物と深い海の生物を見比べられるコーナーを作りました。例えば、暗い水槽にいる深海のエビと、明るい水槽にいる浅い海のエビを並べて展示すると、同じエビでもその違いが一目瞭然です。さらに、それぞれの生物をイメージしたオリジナル音楽も制作しましたし、舞台照明のような明かりの工夫もしました。そして、深海生物をキャラクター化してオリジナルグッズを作るとヒット商品も生まれるようになり、ベテラン芸人による軽妙な解説も分かりやすいと評判になりました。

深海生物と人間の距離

そんな深海生物の飼育は、様々な専門の知識や技術が必要です。高い水圧、低い水温で暮らす彼らを、いかにして地上の水槽で生きられるように適応させるか。人間の200倍とも言われる超高感度の視覚を持つ彼らを展示するためには、どのような照明を当てるべきなのか。また、テリトリー意識が非常に強いため同居生物の組合せにも気を配りますし、水質や底砂、餌などにも細心の注意が必要です。僅かな環境の変化にも適応できないのが、「深海」という究極の環境で生きる彼らの真の姿でもあるのです。

実は、駿河湾で深海から網を引き上げると、生き物たちと一緒に、結構な量のゴミも獲れてしまいます。400〜500mの深海に、私達が捨てたゴミがゴロゴロと転がっている状況を、その中を深海生物たちが暮らしている光景を想像してみて下さい。深海は決して遠い世界ではありません。私達の生活と繋がっているのです。彼らがこれからも安心して暮らしていくためには、深海の環境が変わってはいけないのです。そのためには、我々の身近な環境を守ることに目をむけなくてはいけません。そして、多くの人々が深海生物のことを好きになってもらうことが大切で、私は、その努力をこれからも続けていきたいと考えています。

構成・文:宮崎伸勝/写真:廣瀬真也(spread)